心臓疾患による呼吸困難

はじめに

卒後まもない研修医に外来で病歴をとる機会を与えると、労作性呼吸困難は”心不全”、胸痛は”狭心症”と診断してしまうことが多い.循環器以外の内科疾患でもこのような症状が生じえることをまず認識する必要がある.

循環器疾患の診断は1.病歴聴取、2.身体所見、3.胸部レ線、4.心電図、5.心エコー図の主たる5つの補助手段からなりたつ.各々の検査の各疾患に対する限界を考慮し、総合的に診断する.実際、我々は、病歴、身体所見をとりながら考えられる疾患を想定し、診察後、必要な病歴を再聴取している.よい病歴をとるには、膨大な内科学の知識が必要である.最低限の病歴をとる”TIPS”は存在するが、医師自身が内科の知識を増やさないことにはよい病歴はとれない.

病歴聴取と身体所見

呼吸困難を生じる循環器疾患は多々ある.

病歴で重要なことは、症状がいつ頃からどのように生じてきたのかと、呼吸困難に随伴した症状はなにか、である.運動能力の客観評価として、病院までの道を休まず歩けるか、同世代と同様に歩行が可能かどうかをたずねる.うっ血性心不全では浮腫が完成するまでに2-4kgの体重増加が生じる.以前にはいていたズボンや靴がはけなくなったかどうかは重要な病歴である.夜間に生じる呼吸困難感は、心不全による夜間発作性呼吸困難であることもあるが、狭心症の可能性もある.貧血の原因となりえるタール便の病歴も重要である.

身体所見では、バイタルサインを記載した後、順序よく診察する.心房細動が合併していれば、僧帽弁腱索断裂等の急性発症の左房負荷疾患は考えにくくなる.初期研修2年間の行動目標として、研修医にはギャロップリズムの有無、大きな心雑音の検出、および診察の方法と順序の修得が望まれる.細菌性心内膜炎を病歴で疑った場合、心雑音の有無は極めて重要になってくるが、初期2年間の研修で修得することが増大した現在、循環器専門医以外の一般内科医師までが非典型的な心雑音まで聴取できるようになる必要はないと思う.心雑音があれば、患者の症状とそれが関連するかどうかを考えるが、それには各疾患の自然歴を知っていることが必要である.例えば、大動脈弁狭窄症(症例2)では、65才から70才で大動脈弁の石灰化とともに、急速に症状が進行するのが典型的な自然歴である.

病歴、身体所見の次に各種の検査を行うが、その適応、限界を知ることが必要である.例えば、心電図自体は非特異所見を示すことが多いが、病歴と組み合わすことで診断により有用となる.狭心症では非発作時では心電図変化は生じなくてもよいこと、肥大型心筋症では著明な左室高電位と虚血性変化を生じていること、肺うっ血に対しては胸部レ線が最も感度がよい等である.

症例呈示

循環器疾患による呼吸困難

症例1:肺塞栓による呼吸困難

1ヶ月前より徐々に進行する労作時の胸部圧迫感を主訴として来院した60才の女性.身体所見に異常なく、心電図では、胸部誘導のV1からV4においてT波の陰性化がみられた.最初に診察した研修医は労作性狭心症と考え、運動負荷を依頼した.

コメント

この時点で、次にどんな検査を選択すべきであろうか.患者の訴えは胸部圧迫感であっても、すべてが狭心症であるとは考えられない.持続時間をたずねると、労作を中止すると症状がすぐ消失するが、最近、運動能力も低下してきたという.V1からV4におけるT波の陰性化は、この症状とあわせて考えると、急性の右室負荷の可能性がある.断層心エコー図では右室拡大がみられ、三尖弁閉鎖不全症の最大流速は3.5m/secであった.肺血流シンチで多発性の欠損がみら、肺塞栓と診断した.

肺塞栓は、徐々に進行する労作性呼吸困難を主訴とすることが多いことを知っておく必要がある.また、労作性呼吸困難と、労作時の胸部圧迫感は病歴上鑑別に困難なことも多い.逆に、労作時の呼吸困難感を主訴とする狭心症々例もある.一つの疾患のみ想定して検査をすすめていくと思わぬ落とし穴にぶつかる.もし、本例を狭心症と考えると、不安定な状態であり、心電図変化とあわせて考えると、左前下後枝の強い狭窄が存在する可能性があるので初診時に運動負荷は勧められない.心筋虚血と右室負荷の鑑別に断層心エコー図はきわめて有用である.

症例2:大動脈弁狭窄症による呼吸困難

40才頃より検診で心雑音を指摘されていた68才の女性.3カ月前より、労作性呼吸困難が出現したため、来院した.身体所見では両頚動脈に放散する3/6度の収縮期雑音が聴取された.心電図では著明な左室肥大がみられ、胸部レ線で心拡大はみられなかったが、側面で大動脈弁の石灰化がみられた.カテーテル検査では左室-大動脈の圧格差は120mmHgで、大動脈弁置換術を施行、症状は消失した.

コメント

大動脈弁狭窄症では心拡大が生じないこともあり、65-70才で急に症状が出現すること、狭窄が高度であれば、もはや内科的治療による効果は期待できないことを知っていることが大切である.

症例3:多枝病変による呼吸困難

8年前に下壁梗塞の病歴がある70才の男性.その後、慢性の労作性狭心症が持続していた.3カ月前より、より軽度の労作で狭心症を生じるようになり入院となった.カテーテル検査では、右冠状動脈は近位部で完全閉塞、左前下後枝から良好な側副血行路があり、その左前下後枝の近位部に99%狭窄がみられた.造影後、狭心症とともに、肺動脈楔入圧が8mmHgから25mmHgに上昇した.

コメント

多枝病変の虚血性心疾患では、狭心症のみで容易に肺動脈楔入圧が上昇し、虚血が持続すると心不全になりえることを認識することが必要である.このような症例では、1枝病変の貫壁性心筋梗塞よりむしろ危険である.

症例4:発作性心房細動による呼吸困難

飲酒後の動悸と息切れを主訴に来院た60才の男性.心電図では130/分の頻拍性心房細動であった.ジギタリス剤の静脈注射により2時間後に洞調律に復し、症状は消失した.

コメント

発作性心房細動は、疲労、飲酒後等に生じやすい.心房細動のため頻脈になると、心不全が生じなくとも、呼吸困難感を生じることがある.肥大型心筋症、WPW症候群などでは心房細動の出現により容易に心不全、ショックになりえるので緊急の電気的除細動が必要となる.基礎心疾患がない場合では、ジギタリスまたはVaughan Williams分類IA群の抗不整脈剤を使用する.2-3時間で洞調律に復することが多い.心房細動固定例においても、頻脈が長期間持続すると左室壁運動が低下し、心不全になりえる.逆に、心不全の結果として頻拍性心房細動が生じる可能性もある.この場合、心不全の治療を優先する.また、僧帽弁狭窄症では、たとえ軽症であっても心拍数が上昇すると容易に心不全になる.

心臓以外の因子による労作性呼吸困難

症例5:貧血による呼吸困難

1ヶ月前より、駅から100m程度の歩行でも息切れを生じるようになった37才の女性.身体所見ではバイタルは安定していたが、3/6度の収縮期雑音が第3肋間胸骨左縁で聴取された.最初に診察した研修医は、心雑音から肥大型閉塞型心筋症を疑い、心電図、胸部レ線、心エコー図を依頼しようとした.

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しかし、私が患者を診ると、全身蒼白であり、高度の貧血を疑わせる所見であった.そこで、月経時の出血量をたずねると、きわめて多いとのことであり、検血で、ヘモグロビンは2.5g/dlの低色素性、低球性貧血が見られた.入院精査したが、他の原因は考えられず月経過多による失血によるものと判断した.

症例6:甲状腺機能亢進症による労作性呼吸困難

数カ月前から出現した労作時の動悸と呼吸困難を主訴として外来を受診した42才の女性.病歴を聴取した研修医は、動悸時の心拍数が速いので発作性心房細動または発作性心房頻拍症を考えた.

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しかし、私が診察すると、手にこまかな振戦があり、柔らかい甲状腺を触知した.そのため、甲状腺機能亢進症を考え、体重の変化、食欲、便の性状をきくと、過去2カ月間、軽度の下痢気味で、食欲亢進にも関わらず3kgの体重減少があったことがわかった.これが、さきほど述べたような、診察後に病歴を再聴取するということである.

症例7:敗血症による労作性呼吸困難

3年前に後壁梗塞、1年前に総胆管末端の良性腫瘍にて手術、術後に胆管狭窄が残存していた73才の男性.朝より、悪寒と39度の発熱と呼吸困難を主訴に来院した.過呼吸で血圧の低下と肺うっ血がみられた.動脈血ガスでは著明なアシドーシスと低酸素血症がみられ、断層心エコー図では、以前から認められた後壁の無収縮領域に加えて、前壁中隔も壁運動が低下していた.血液培養にて大腸菌が検出され、抗生物質とカテコラミンの投与にて改善した.

コメント

本例は、虚血性心疾患を基礎疾患にもった胆道感染症による敗血症例であり、心不全を呈しているが、その治療のみでは改善は期待できない.

本来、正常心臓であっても、敗血症に罹患すると左室壁運動は低下することが多い.この場合、左室収縮不全の原因は敗血症の結果であることが多く、心不全の治療のみならず同時に敗血症の治療が必要となる.

終わりに

労作性呼吸困難を訴える患者をみたとき、もちろん心臓由来の疾患も鑑別にあげなければならないが、心臓にのみ疾患を限定せず、全体をみる習慣をつけることが大切である.心不全であることを確認するにはどうすればよいか、心不全であればその原因な何か、その原因を取り除くにはどうすればよいか、その診断に必要な簡単な検査は何かというように論理的に思考する必要がある(1).まず、仮診断をつけ、種々の疾患を想定し、初期治療をする.一つの疾患のみならず、考えうる頻度の高い疾患は考慮に入れ、経過や検査結果が予想と異なるときは、すぐに方向転換できるようにする必要がある.

多くの患者を経験し、近視眼的な思考でなく、全体像をみる修練をつむことは大切であるが、それと同時に労作性呼吸困難を生じる可能性のある病態の自然歴を勉強する必要がある.そうすることにより、より適切な病歴、身体所見がとれるようになると思われる.初期研修2年のみの病歴聴取と身体所見のトレーニングでは不十分であり、医師は一生にわたり勉強が必要であるということを認識して欲しい.

文献

1. 伊賀幹二、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造:研修医のための病歴と身体所見を中心とした問題解決型循環器症例カンファレンス:医学教育、1996,27:181-184